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静岡地方裁判所沼津支部 平成2年(ワ)96号 判決

原告

鈴木嘉雄

右訴訟代理人弁護士

福地絵子

福地明人

被告

沼津交通株式会社

右代表者代表取締役

加藤覚郎

右訴訟代理人弁護士

石原寛

吉岡睦子

山川隆久

青木英憲

主文

被告は、原告に対し、金一万五九五〇円およびこれに対する平成二年三月一四日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

一  原告は主文同旨の判決及び仮執行宣言を求め、請求原因として、

「1 原告は被告の従業員であるところ、被告と原告の加入する沼津交通労働組合との一九八八年及び一九八九年度の賃金に関する労働協約五項は乗務員の皆勤手当について、

イ  交番表に定められた労働日数及び労働時間を勤務した者に対し、一九八八年度は一ケ月金三〇〇〇円、一九八九年度は一ケ月四一〇〇円を基準内賃金として支払う。

ロ  公私傷病休又は欠勤が一日、遅刻・早退・外出が三回又は遅刻・早退・外出が八時間に達したとき、以上三点のいずれかに該当するときは、一九八八年度は金一五五〇円、一九八九年度は金二〇五〇円を控除する。

ハ  公私傷病休又は欠勤が二日、遅刻・早退・外出が五回、遅刻・早退・外出が一六時間に達したとき、以上三点のいずれかに該当するときは皆勤手当は支給しない。

と規定している。

2 原告は一九八八年五月から一九八九年一〇月までの間、左記の通り年次有給休暇を取得したところ、被告は、年次有給休暇の取得は、右労働協約の公私傷病休又は欠勤に該当するとして、左記のとおり皆勤手当を支給しなかった。

取得年月 取得日数 皆勤手当不払額

一九八八年五月 一日 一五五〇円

八月 三日 三一〇〇円

一九八九年二月 三日 三一〇〇円

四月 九日 四一〇〇円

一〇月 五日 四一〇〇円

合計 一万五九五〇円

(以上当事者間に争いなし)

3 しかし、この様な取扱は労働基準法三九条、一三四条もしくは民法九〇条の公序良俗に違反するので、被告は原告に対し前記条項に基づき未払いの皆勤手当合計一万五九五〇円及び訴状送達の翌日から年六分の遅延損害金の支払を求める。」と述べた。

そして、原告は、被告の後記各主張を争い、「被告の計算は有給休暇を取らなかったと仮定した場合の賃金額について、能率給を有給休暇を取った場合と同額で計算しているが、有給休暇を取らなければ当然その日の能率給が支給され、その分加算されなければならないのであり、有給休暇を取得した場合がそうでない場合より賃金が高くなるということはありえず、不利益に取り扱った事実はないという被告の主張は偽りである。本件皆勤手当の減額はまさに労働基準法三九条、一三四条に違反するものであり、従来の労使間の合意は労働基準法三九条、一三四条に違反して無効である。」と主張する。

二  被告は、請求原因1、2の各事実は認めるものの、同3は争い、「イ皆勤手当は報奨金的性格を有するものであり、被告は有給休暇日数に対し、標準報酬日額を支払っており、賃金の支給額としては、当該有給休暇日に出勤したと仮定した場合支払われる賃金額を上回る賃金を現実に支給しているので、被告は、原告を本件有給休暇を取ったことにより、賃金面で不利益に取り扱った事実はなく、労働基準法一三四条違反とはならない。ロ 更に、有給休暇につき標準報酬日額を支払っており、通達では、年次有給休暇を取得した日を欠勤扱いすることは直ちに労働基準法違反とは認め難いとしており、本件皆勤手当の減額は同法違反とはならない。ハ 本件皆勤手当の性格、運用改定、行政解釈などからすれば、本件皆勤手当の最大減額分は、原告の給料の二パーセント弱であり、これをもって民法九〇条違反とはいえない。ニ 被告と原告も加入している組合間で、皆勤手当の支給につき、「欠勤・遅刻・早退・外出」に有給休暇を含める旨の合意及び運用がなされており、これは原告を拘束するものである。そして、右合意は労働基準法一三四条、民法九〇条に違反するものではない。」と主張して争っているので、以下判断する。

三1  (証拠略)、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

被告と沼津交通労働組合との間には原告主張の賃金についての協定書があり、右五項には皆勤手当の規定の「公私傷病休又は欠勤」に有給休暇を取った日も含まれて運用されていたこと。

原告の給料は

昭和六三年五月 二四万〇八二五円

八月 二五万九二七八円

平成元年二月 二五万二六八三円

四月 二二万六一二二円

一〇月 二二万二一〇三円

である。

被告では、年次有給休暇を取った場合には、標準報酬日額が支払われている(〈証拠略、三四条四項)。

原告の年休手当は

昭和六三年 五月 八六七〇円

八月 二万六〇一〇円

平成元年二月 二万六〇一〇円

四月 七万八〇三〇円

一〇月 四万三三五〇円

である。

原告の有給休暇を取ったことによる皆勤手当の減額分は原告の主張のとおりである。

被告と組合間では、従来の取扱を変更し、平成元年三月二一日以降の賃金及び諸手当に関する賃金協定の一部を変更し、賃金協定五条一項のロ、ハの公私傷病休又は欠勤、遅刻、早退、外出等の欠格条項に該当する場合の支給方法の内、有給休暇を取得したことによる皆勤給の減額については平成元年一一月二一日より欠格条項より除外することが確認されている(〈証拠略〉、なお、原告の本件主張分は右改定以前の分である)。

2  ところで、労働基準法三九条は、休日の外に毎年一定日数の有給休暇を労働者に与えることにより労働者の心身の疲労を回復させ、労働力の維持培養を目的としたものであり、年次有給休暇の権利は労働者の権利であり、同法はそれを実行あらしめるために休暇中の賃金について現実に出勤して労働した日と同一の賃金を保障している。更に、労働基準法は附則一三四条で「使用者は、第三九条第一項から第三項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。」と規定し、右規定は訓示規定とはいえ賃金のみならずその他の不利益を禁止しており、かかる規定が設けられたことを考えると、かかる不利益はすべて民法上公序に反するものとして扱うべきである。

従って、皆勤手当の計算につき有給休暇を取得した日を欠勤等扱いすることは、労働基準法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られなくすることによって権利の行使を抑制し、ひいては労働者に有給休暇の権利を保障した趣旨を失わせるものというべきであるから、公序に反するものであり、本件皆勤手当の規定は有給休暇をとった日を欠勤等に含めないと解釈して運用すべきである。

してみると、被告は右規定により原告の有給休暇分を欠勤扱いにして減額した皆勤手当分、すなわち原告請求金額を支払う義務がある。

3  被告は皆勤手当は報奨金的なものであり、また有給休暇につき年休手当を支払っており、給料額としては実質的に不利益とはいえないと主張する。

皆勤手当は月三一〇〇円もしくは四一〇〇円であり、基準内賃金として規定されており(〈証拠略〉)、これを単純に報奨金的性格を有するということはできない。また、被告の計算では、たとえば、昭和六三年五月分について現実の支給額二四万〇八二五円に対し、原告が有給休暇をとらなかったと仮定した場合の支給額は二四万〇八二二円となり、その他の月についても仮定の支給額の方が安くなる(被告第一準備書面)。他方、原告の計算では昭和六三年五月については仮定の金額は二四万九一四四円となる(原告平成二年六月二二日付準備書面)。これは能率給を有給休暇を取らなかった場合と取った場合とで同額で計算するか(被告)、加算して計算するか(原告)の違いであるが、能率給については現実に挙げた金額を基に計算され、仮定の計算では意味がない。しかし、そもそも、皆勤手当の支給について有給休暇を取得した日を欠勤等扱いしている被告の扱いでは、その分皆勤手当が減額されるのであるからこのことだけで不利益を課すものというべきである。

また、前記認定のとおり皆勤手当の最大減額分は原告の給料からみると二パーセント弱であるところ、(たとえば、昭和六三年五月につき給料二四万〇八二五円に対し皆勤手当最大不支給額三一〇〇円とすると一・二九パーセント)、被告は皆勤手当でも減額の程度によっては公序に反しないと主張する。しかし、労働基準法は有給休暇につき一三四条をわざわざ規定し、右規定は不利益な取扱を是正する趣旨を有しているものであって、民法九〇条の公序を考えるについても右趣旨に沿うように解釈されなければならない。したがって、皆勤手当につきその減額の程度によって公序違反あるいはそうでないものと分けることは、結局不利益を一部にせよ残すことになり、右立法の趣旨に沿わない結果になる。従って、皆勤手当における不利益取扱いについてはすべてこれを公序違反とするのが相当である。

更に、被告の組合との労働協定についての主張(主張ニ)についても、従来の右取扱いは前記のとおり労働基準法の趣旨に反し、民法九〇条の公序に違反するものであるから無効であり、かかる合意による拘束力を認めることはできず、その趣旨に従った解釈により運用されるべきである。

四  よって、原告の請求は理由があるから(被告への訴状送達の翌日が平成二年三月一四日であることは記録上明らかである)これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言は相当でないから却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 德永幸藏)

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